キャピラリーシーケンサーの開発
サンガー法は、別に述べたように、DNA配列を決定するための方法です。 サンガー法は発表されて以後も継続的に改良が加えられて今に至ります。 中でも画期的であったのはキャピラリーシーケンサーの登場でした。
ガラス板ゲルを使った初期の方法
サンガーが開発した方法では、DNA断片を長さ順に並べるためにポリアクリルアミドゲル電気泳動を用いていました。 この方法は非常に大変な方法で職人芸的な技術が必要でした。
DNAを読むにはまず「ゲル板」を自分で作らなければなりませんでした。 DNAを読むためのゲル板づくりは、とても神経を使う作業でした。 二枚のガラス板(長いもので80センチメートルもありました)の間に厚さ1 mmほどのシートを挟み隙間を作ります。 そしてガラス板の上部以外をテープでしっかりと密封します。
そしてポリアクリルアミド溶液を調製します。 最後に2種類の試薬を加えると、すぐに固まりはじめます。 研究者は急いで二枚のガラス板のすき間に溶液を流し込みますが、もしモタモタしていると途中で固まってしまい失敗。 流し込むときに小さな泡が入れば、その部分は使えません。
ガラス板が少しでも汚れていると泡の原因になるので、ガラスはピカピカに磨いてから準備しなければなりません。 さらに、固まる前に溶液がすき間から漏れてしまえば、また最初からやり直し。 テープの隙間が少しでもあれば漏れ出します。 こうしてようやく固まったゲルを使ってDNAを分けるのです。
困難はそれだけではありません。 泳動が終わった後、ゲルをガラス板から剥がすのも一苦労です。 うまく剥がれなければ、また最初からやり直し。 片方のガラス板にゲルがくっついてくれればいいですが、両方にくっついてしまうこともあります。 そうなると、良い結果はもう期待できません。 なるべく片方にくっついてくれるよう、片方のガラス板だけにシリコン化材を塗っておいたりするのです。
ゲルを濾紙にくっつけてはがし取り、乾燥させてX線フィルムに一晩当てて、現像して初めて配列を読むことができるのです。 このように失敗と隣り合わせの繊細な作業だったのです。 サンガー法では一つのサンプルあたり4つのレーンを使いました。 そのせいもあって一度にたくさんのサンプルを電気泳動することはできませんでした。
キャピラリーシーケンサーの登場
この困難な状況を変えたのがキャピラリーシーケンサーでした。 キャピラリーシーケンサーは、細いガラス管(キャピラリー)を使います。 キャピラリーの中に、ポリアクリルアミドゲルを充填し、DNAを電気泳動するのです。
またこの時には、すでに一つのサンプルあたり一つのキャピラリーで済むようになっていました。 これには、反応が停止するA、C、G、Tそれぞれのヌクレオチドに異なる4種類の蛍光標識をつける方法が開発されたことが大きく貢献しました。 キャピラリーの最後の方に検出窓があり、そこをレーザー光で照射して、検出窓のところを通り過ぎる蛍光を検出します。 4色の蛍光はそれぞれ色が違いますので区別がつきます。 泳動しながら蛍光強度を連続的に測定することで、どのヌクレオチドが末端にあるDNAが検出窓の前を通過しているかが分かるのです。
キャピラリーは、一つの装置に数十本から数百本を束ねて入れることができるので、一度にたくさんのサンプルを処理できます。 また泳動が終わった後に、新しいゲルをキャピラリーに充填すればすぐに次のサンプルを解析することができました。 大変面倒なゲル作りは必要なくなり、データの読み取りは泳動中に自動的に行われるようになりました。 このようにして一台の機械が一日に何百ものサンプルを読むことができるようになったのです。
実用的なキャピラリー型DNAシーケンサーとして完成させたのは、日立製作所とアプライド・バイオシステムズです。
感銘ポイント
- 発想: ガラス板の代わりに細いキャピラリーを使うという発想。
- 挑戦: 均一なゲルを細管に充填すること、蛍光4色を正確に読み分けること、キャピラリーを多数本安定動作させること など。
- 工夫: キャピラリーに圧力でゲルを充填する方法、電気的にサンプルを注入する方法、蛍光標識を使う方法など、多くの工夫があった。
- 貢献: 大変な手作業が不要になり、DNAの読み取り速度が劇的に向上した。 キャピラリーシーケンサーは現在でもなくてはならない技術として広く使われている。