DNAの塩基配列を読むサンガー法
すべての生き物は、一つひとつの細胞の中に DNA という分子を持っています。 DNAは「生命の設計図」とよばれることがあります。
なぜなら、DNAにはその生き物が生きていくために必要なすべての情報が書き込まれているからです。 その情報は A、C、G、T の4種類のヌクレオチドがずらりと並ぶことで記録されています。 A、C、G、T がヒモのように長く長くつながったものがDNAです。
この並びを「DNA配列」といいます。 DNA配列は「どんなタンパク質が作られるのか」「細胞がどう働くのか」を決めており、 DNA配列情報は生命現象を理解するうえで欠かせません。 だからこそ、DNA配列を正しく読むこと(DNA配列決定)は、 あらゆる生物学を前に進める大きな力となってきましたし、これからもそうであり続けるでしょう。
このDNA配列をどうやって読むか、長年にわたって研究者たちはいろいろな方法を編み出してきました。 ここで紹介するのはイギリスの科学者 フレデリック・サンガー が作り出した方法です。
サンガー法の基本アイデア
サンガーが考えたのは、とてもシンプルな工夫でした。
DNAは「A・C・G・T」という4種類の部品をつないでできています。 細胞の中では、酵素が ACGT の部品を次々にくっつけてDNAをコピーしています。 このときコピーされる方のDNAがAの場合は新しいDNAにはTが、Cの場合はGが、Gの場合はCが、Tの場合はAがくっつきます。 コピーされる方のDNAを「鋳型」と呼び、鋳型DNAの相補鎖が合成されると言います。 当時「一本鎖のDNA」を鋳型にし、それに相補的となる短いDNA(プライマーDNA)をくっつければ、 それを起点として酵素が新しい鎖をどんどん作ってくれることがわかっていました。
サンガーはここに “特別な部品” を混ぜました。 その部品は形が少し欠けていて、いったん入るとその先にはもう次の部品がつながらなくなってしまうのです。 この特別な部品は A、C、G、T のそれぞれに対応した4種類があります。
通常の部品のACGTに、特別な部品Aを混ぜた場合を考えてみましょう。 この場合、合成反応を行うと、途中で特別な部品Aが入るとそこで合成が止まってしまいます。 鋳型DNAは反応溶液の中にたくさんありますから、Aが入る場所で合成反応が止まったDNA断片の集合体が得られます。
同様に、特別な部品Cを混ぜた場合はCが入る場所で、Gを混ぜた場合はGが入る場所で、 Tを混ぜた場合はTが入る場所で、それぞれ合成が止まったDNA断片の集合体が得られます。
この4つの集合体をそれぞれ別々に作り、電気泳動という方法で長さ順に並べると、DNA配列がわかるのです!
つまり、サンガーは “止まる部品” を利用してDNA配列を読む方法をつくり出したのです。 この方法はサンガー法と呼ばれ、簡便かつ正確にDNA配列を読むことができるものでした。 サンガー法は1977年に発表されるとすぐに広まり、現在に至るまで様々な改良が加えられながら、 DNA配列決定の主流の方法として使われ続けています。 サンガーはこの功績により、1980年にノーベル化学賞を受賞しました。
背景となった技術と研究
DNAの合成反応には、DNAポリメラーゼという酵素が使われています。 DNAポリメラーゼは1956年にアーサー・コーンバーグによって発見され、 彼はこの功績により1959年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
DNAポリメラーゼはDNAを合成するのと同時に、合成したDNAを分解する働きも持っています。 サンガーはこの分解の働きを持たないように処理したDNAポリメラーゼ(クレノウフラグメント)を利用しました。 クレノウフラグメントは1970年、ハンス・クレノウにより発表されたものです。
特別な部品のTとAについてはすでに合成方法が報告されており、 CとGについてはこの方法を参考にサンガーが新たに合成しました。
短いオリゴヌクレオチドの化学合成法は1960年代から進展しており、 とくに Har Gobind Khorana(ハー・ゴビンド・コラナ)がリンカー法や保護基を駆使してDNAを化学合成する方法を確立し、 1968年ノーベル生理学・医学賞(遺伝暗号解読の功績)を受賞しました。
さらに、DNAのポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)を改良・普及したのは Ornstein と Davis(1964年)によります。
サンガー法の前段:プラスマイナス法
実は、サンガーはサンガー法を開発する前に、 DNAの塩基配列を決定するための「プラスマイナス法」という別の方法を発表しています。 こちらの方法では、まず ACGT 全ての材料がある条件でDNAの伸長反応を行い、 反応時間を変えてさまざまな長さのDNA断片を得ました。
次に「プラス反応」と「マイナス反応」という二組の反応を行います。
プラス反応: ある特定の塩基(A・C・G・Tのどれか)だけを加えた条件で T4 DNAポリメラーゼ による伸長反応をさせます。 例えば A しか加えていない条件では、A を除去したり結合したりする働きによって A のところで反応が止まったDNAができやすくなります。 一方、C や G や T のところは除去されるだけで新しい追加が起こりません。 このようにして、鋳型DNAのその塩基に対応する位置で伸長反応が止まったものができます。
マイナス反応: クレノウフラグメントを用いて、逆に一種類の塩基を除いて反応させます。 例えば A なし(G、C、T あり)であれば、A の直前まで伸長反応が起こります。 つまり鋳型に除いた塩基が現れる直前の位置がわかるのです。
「プラス反応」「マイナス反応」で得られたDNAを並べて電気泳動し、バンドのパターンを得て解析すれば、DNA配列がわかる仕組みでした。
つまり、伸長反応をなんらかの形で止めれば良い、というアイデアはこの時点ですでにありました。 プラスマイナス法を完成させた後で、「特別な部品」を使って反応を止めれば良いという新しい発想が湧き、 それがより良い配列決定の方法(サンガー法)へと発展したのだと考えられます。
なおサンガーは、インスリンのアミノ酸配列を決定した功績により1958年にノーベル化学賞を受賞しています。 こちらも人類史に残る偉業です。
感銘ポイント
- 発想:途中で止まる部品を少しだけ混ぜれば良いというシンプルな着想。
- 挑戦:特別な部品の C と G を自ら合成するなど、困難な課題に挑戦した。
- 工夫:酵素反応・化学合成・電気泳動などの技術を組み合わせて新しい方法を構築した。
- 貢献:DNA塩基配列決定技術として生物学の進展に多大な貢献をした。