ジェンナーによるワクチンの発明
歴史上、長きにわたって人類は天然痘(てんねんとう)という病気に苦しめられてきました。 高い熱と全身の発疹(ぶつぶつ)、命を落とす人も多く、たとえ助かっても跡が残りました。 戦国武将の伊達政宗も幼いころ天然痘にかかり、右目を失明したことはよく知られています。
人痘法という工夫
「天然痘を防ぐ方法」として 人痘法という方法が古くから知られていました。
これは、天然痘にかかった人のかさぶたや膿を健康な人の皮膚や鼻に入れて、わざと軽く感染させる方法でした。 一度発症して治れば、もう二度と天然痘にかからない――その経験から編み出されたのです。
この方法は中国やインドで行われ、18世紀にはヨーロッパにも伝わりました。 しかし欠点もありました。天然痘そのものを体に入れるため、1〜2%の人は重症化して亡くなる危険があったのです。 また、接種した人からさらに他人にうつしてしまうこともありました。
牛痘に注目したジェンナー
ここで登場するのがイギリスの医師 エドワード・ジェンナー(1749–1823)です。 ジェンナーは農村で「牛の世話をする人は天然痘にかからない」といううわさを耳にしました。 彼らは牛に流行る軽い病気――牛痘(ぎゅうとう)にかかっていたのです。
ジェンナーは考えました。 「牛痘にかかると、体が天然痘に備えるようになるのではないか?」
1796年、ジェンナーは少年に牛痘の膿を接種しました。少年は軽い熱を出しましたが、やがて回復。 その後、天然痘にさらされても病気にはなりませんでした。
これが牛痘法の誕生でした。ワクチンの始まりです。
人痘法と牛痘法の違い
- 効果:どちらも天然痘を防げる。
- 安全性:人痘法は命を落とす危険があり、牛痘法はほとんど危険がなかった。
ジェンナーの方法は安全性が高かったため急速に広まり、各国で制度として導入されました。
ワクチンの原理へ、そしてパスツールへ
ジェンナーは牛痘で天然痘を防いだのですが、この成功が大きな扉を開きました。 「病気にかかる前に、似たものを体に入れて備える」――この考え方は ワクチンの原理 です。
19世紀後半、ルイ・パスツールはこの原理を用いてさらに多くの病気に対するワクチンを作りました。 鶏コレラや炭疽(たんそ)、狂犬病に対して弱めた菌やウイルスを使い、ワクチンを作ることに成功したのです。 ここから「ワクチンは天然痘だけではない。他の病気にも使える」という確信が広まりました。
ワクチンは現在も多くの病気を防ぐために使われています。 はしか、風疹、ポリオ、インフルエンザ、新型コロナウイルスなど、さまざまな感染症に対してワクチンが開発され、 世界中で接種が行われています。
もしワクチンがなかったら、どうでしょうか? 天然痘はもちろん、はしかやポリオなど多くの病気があなたを苦しめていたと思います。 今日まで、多くの人がワクチンの開発・改良に力を尽くしてきたのです。ありがたいことです。
感銘ポイント
- 発想:牛痘と天然痘の関係に気がつき、天然痘ではなく牛痘に感染させるという着想を得た。
- 挑戦:少年で実験し、安全に防げることを証明。
- 工夫:人痘法の欠点を補い、広く使える方法にした。
- 貢献:天然痘を防ぐだけでなく、ワクチンの時代を切り開いた。多くの人を病気から救い、寿命を延ばした。
副作用についても
もちろん、ワクチンは完全に安全ではありません。熱が出たり体がだるくなったりすることがあり、 まれに重い副作用が出ることもあります。けれど、ワクチンが救った命の数は副作用で失われた命をはるかに上回っています。
病気を防ぐ免疫の仕組みのおおよそが解明されるのは、牛痘法が開発されてから随分経ってからのことです。 また別のお話で紹介したいと思います。